従業員の横領行為があった場合の税務処理について ~ 従業員の横領が発生した時の問題点 ~

皆さんは、従業員の横領があった場合に税務上どのような処理をしなければならないことになるかご存知でしょうか。
横領なんて無いに越したことはないのですが、一旦発生してしまうとなかなか難しい問題があって、一口では説明できないほど複雑ですが、一つの事例を基にその問題の所在を説明したいと思いますので、参考にして下さい。

さて、従業員の横領の税務上の処理については、大きく分けると①法人税の処理②消費税の処理があります。

今回は、法人税の処理について検討していきましょう。

⑴ 事実関係

P社に勤務する甲君は、グループ会社の経理を指導していますが、パソコン等を販売するS社に平成30年3月期及び進行期の経理指導に行って、売上関係の請求書(控)を確認していたところ、S社の勤続30年のベテラン経理担当の従業員乙氏が売上代金を横領している事実を見つけてしまいました。
その手口は、年に数回しか発注の来ないような売上先からのパソコン等の商品購入依頼があると、社長に分からないようこっそりと倉庫から持ってきて宅配便を使って発送するのですが、その発送商品に同封する請求書の振込先を経理担当の乙氏名義の普通預金に手書きで書き換えて、乙氏自身の生活口座で回収することにより、商品販売代金を横領する方法でした。

どうもその原因は、S社の社長が販路拡大に没頭して、商品在庫の管理及び売上先への請求や代金回収などの経理処理等の業務全般を乙氏に任せっきりにしてしまい、何のチェックもしていなかったことにあったようです。おかげで従業員乙氏は、割と優雅な生活を送っているとのことでした。

甲君は、今回の横領事案についてS社の社長に今後どのようにするか指導する前に、自分なりに横領があった時の経理処理等について考えた結果、次のように対応すべきと思い、P社の上司に報告するとともに意見を仰ぐことにしました。

⑵ 売上げと横領損の計上時期について

甲君: 「まず、平成30年3月期中にS社の販売商品であるパソコン等を売上先にS社名義で販売しているので、平成30年3月期の売上げとして計上しなければならなかったことになります。

次に、S社では乙氏に商品販売代金を横領されて損害を受けているので、同じく平成30年3月期において横領損失を計上しなければならなかったことになります。」

このように甲君が答えると、P社の上司も
上司: 「そうですね。平成30年3月期において、売上げの計上と横領損失の計上を行うことに一般的に見解の相違はありませんね。」
との意見でした。

⑶ 損害賠償請求権の雑収入計上時期について

甲君: 「そして、S社の従業員である乙氏による横領という不法行為によってS社は損害受けた訳ですから、S社はその損害額である販売代金相当額を乙氏に返してもらうよう損害賠償請求をすることになると思いますが、この場合、損害賠償請求権が発生することになるので、その損害賠償請求権相当額を雑収入に計上しなければならなかったことになります。」

するとP社の上司から
上司: 「それでは、損害賠償請求権を雑収入に計上するのはいつでしょうか。」
と質問されたので、甲君は次のように答えました。

甲君: 「税務上、横領が発生した場合の損害賠償請求権は、損害の発生と同時に雑収入として計上するのが通例(このような考え方を『同時両建説』といいます。)となっています。つまり、横領損を計上する平成30年3月期に損害賠償請求権相当額の雑収入を計上しなければならなかったということです。」

⑷ もうひとつの考え方について

すると上司から
上司: 「実は、もうひとつの考え方があるんだよ。それは、会社が横領を知った時に初めて損害を賠償請求する権利が確定するので、その時に雑収入として計上するというものなんだ。」
と教えてくれました。

甲君: 「今回のケースでは、その『知った時』というのが、僕が従業員の横領を発見してS社の社長に説明した時になるので、進行期の平成31年3月期中に損害賠償請求権相当額の雑収入を計上するということですね。」

さらにP社の上司から
上司: 「でもね、この『知った時』というのが曲者で、『知っていて当然の時』も含まれるんだよ。

どういうことかというと、まぁー要するに、普通の人が普通しなくてはいけないようなチェックをしていれば発見できるような横領であれば、そのチェックをしていなかったために従業員の横領があったことを知らなかったとしても、知っていて当然であったと判断されて、平成30年3月期に損害賠償請求権相当額の雑収入を計上しなければならなかったことになるということもあるんだ。

ただし、その場合でも、その横領した従業員が多額の借金をしていてなんの資産も持っていないため、返済出来ないような状況(専門的な言い方をすると『債務超過の状態にある』場合)であれば、その損害賠償請求権相当額の未収金をその時に貸倒損失として計上することになるんだ。」
と丁寧な助言がありました。

⑸ 今回の事例の場合の税務処理について

P社の上司からの有難いアドバイスを受けて、最終的に甲君は次のようにS社の社長に指導することにしました。
甲君: 「実務上は、一つ一つ事情が違う訳ですから、その判断は事例ごとに違うことになってしまいますが、今回の事例のように、商品在庫の管理及び売上先への請求や代金回収などの経理処理等の業務全般を従業員の乙氏に任せっきりにしていて、社長等が何のチェックもしていなかったような場合には、平成30年3月期において、従業員に横領された商品の売上げと横領損失を計上するだけでなく、損害賠償請求権相当額の雑収入を計上しなければならなかったことになります。
そして、従業員の乙氏が債務超過の状態にないので、貸倒損失の計上は出来ないことになります。
結果的に横領に相当する商品の売上げ分だけ確定申告時の所得金額が少なかったことになってしまうため、法人税の修正申告書を提出することになります。」

なお、税務上の仕訳は、次回の消費税編の時に記載しますので参考にして下さい。

⑹ おまけ

結果的にS社は、平成30年3月期に売上代金を乙氏に横領された上に、回収するのに長期間かかることになる乙氏に対する損害金相当額の税金を前払いしなければならないことになってしまいます。いわゆる「泣きっ面に蜂」っていう奴ですね。
こんなことにならないように、売上げについてのチェックはキチンとするようにしましょう。
冒頭で「従業員の横領については難しい問題がある」と言ったことが、少しは分かって頂けたでしょうか。この従業員の横領という問題には、結論というものがありません。事実関係や考え方により、いろいろな処理の仕方があるということです。

その他に、法人税法基本通達2-1-43等を根拠として、横領損は横領が発生した時に計上し、損害賠償請求権である雑収入は実際に受け取った時に計上するという「異時両建説」という考え方もありますが、P社の上司が ⑷で説明した処理とほぼ同じになりますので、紙面の都合もあるものですから、法人税法基本通達2-1-43を熟読していただくことにして、今回は説明を割愛させていただきます。

(損害賠償金等の帰属の時期)

2-1-43 他の者から支払を受ける損害賠償金(債務の履行遅滞による損害金を含む。以下2-1-43において同じ。)の額は、その支払を受けるべきことが確定した日の属する事業年度の益金の額に算入するのであるが、法人がその損害賠償金の額について実際に支払を受けた日の属する事業年度の益金の額に算入している場合には、これを認める。(昭55年直法2-8「六」により追加、平12年課法2-7「二」、平23年課法2-17「四」により改正)

(注) 当該損害賠償金の請求の基因となった損害に係る損失の額は、保険金又は共済金により補填される部分の金額を除き、その損害の発生した日の属する事業年度の損金の額に算入することができる。

担当:田中 俊夫

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